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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)15517号 判決

原告 有限会社 エイ・シー・シー

右代表者取締役 宮澤喜三英

右訴訟代理人弁護士 島田康男

被告 宇塚勇

右訴訟代理人弁護士 重国賀久

被告 株式会社 スイツク

右代表者代表取締役 伊藤昌雄

右訴訟代理人弁護士 櫻井英司

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三四六四万〇〇九五円及びこれに対する昭和六二年三月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件火災の発生

昭和六二年三月二八日午前八時四五分ころ、東京都江戸川区中葛西八丁目九番八号所在の協立興産倉庫(以下「本件倉庫」という。)内の被告株式会社スイツク(以下「被告会社」という。)の事務室(以下「本件事務室」という。)から出火し、本件倉庫の大部分を焼失する火災(以下「本件火災」という。)が発生した。

2  被告会社と被告宇塚との関係

被告宇塚勇(以下「被告宇塚」という。)は、被告会社の従業員であり、被告会社は、ワイン等の保管のため、本件倉庫の一部を賃借し、被告宇塚を管理人兼運転手として本件事務室を含む右賃借部分において勤務させていた。

3  本件火災の原因

本件火災は、本件火災当日の朝、本件事務室に出勤した被告宇塚が本件事務室内の石油ストーブに灯油を給油し始めたが、石油ストーブから目を離した間に灯油が石油ストーブの給油口からあふれてしまい、同被告がその灯油をよく拭きとらないまま石油ストーブに点火したため、あふれた灯油に引火し、更に、付近にふたをしないまま置き去りにしていた灯油入りのポリタンクを倒してかなりの量の灯油を床面にこぼし、炎を更に強めてしまったことが原因となって発生した。

4  被告宇塚の重過失及び被告会社の使用者責任

本件火災は、被告宇塚の重大な過失によって発生したものであり、また、同被告が被告会社の被用者として被告会社の事業の執行につき火を失したことによって発生したものである。

5  損害の発生

原告は、本件倉庫のうち、被告会社が賃借していた部分以外の部分の一部を賃借し、衣料品及び什器類を保管していたが、本件火災により、これらが焼け、原告は、衣料品について金二五八〇万二四二〇円相当の損害、及び什器類について金八八三万七六七五円相当の損害合計金三四六四万〇〇九五円相当の損害を被った。

6  よって、原告は、被告宇塚及び被告会社に対し、各自金三四六四万〇〇九五円及びこれに対する昭和六二年三月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告宇塚)

1 請求原因1及び2は、認める。

2 同3のうち、被告宇塚が本件事務室において石油ストーブに点火後ほどなくして、石油ストーブの近くのカーペットから炎が上がっていたことは認めるが、その余は否認する。カーペットに火がついたのは被告宇塚の行動の結果ではなく、その理由は、被告宇塚には不明である。

3 同4は、否認する。

4 同5は、不知。

(被告会社)

1 請求原因1は、認める。

2 同2のうち被告宇塚を管理人として勤務させていたことは否認し、その余は認める。

3 同3及び4は、否認する。

4 同5は、不知。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  同2について検討するに、本件火災が発生した当時被告宇塚が被告会社の従業員であったこと及び被告会社がワイン等の保管のため本件事務室を含む本件倉庫の一部を賃借していたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、被告宇塚は、毎日本件倉庫のうち被告会社が賃借している部分において、入荷したワインの納入先毎の仕分けなどの管理、納入先への配送などの仕事に従事していたことが認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。

三  次に本件火災の出火原因について判断する。

1  《証拠省略》を総合すると次の各事実が認められる。

(一)  被告宇塚は、本件火災当日の朝午前八時三五分ころ本件事務室に出勤し、同室を暖房するため灯油がほぼ満杯の約二〇リットル入ったポリタンクを室内の石油ストーブの近くに運び、ポンプを使って同ストーブに給油を始めたこと。

(二)  同被告は、給油中にもかかわらず、ごみを捨てるために本件事務室から出て本件倉庫の外に出、数分後本件事務室に戻ったところ、灯油が石油ストーブからあふれ、床に張られた厚さ数ミリメートルのカーペットに長径約九〇センチメートル、短径約七、八〇センチメートルのだ円形のしみとなってこぼれており、同人はすぐ、給油を止めてポンプを取りはずし、石油ストーブのタンクのふたをして石油ストーブを向かって右傍らに動かした上で、新聞紙三枚でこぼれた灯油をぬぐい取ったが、かなりの量の灯油が床のカーペットにしみ込んだまま残留したこと。また、このとき給油したポリタンクの中にはまだかなりの量の灯油が残っていたが、これが給油口のふたが開いたままで、かつ、こぼれた灯油のしみの傍らに置かれたままであったこと。

(三)  それから、同被告は、石油ストーブの自動着火装置が故障していたため、ワインのシールの貼ってあった長さ四〇センチメートル、幅一〇センチメートルくらいの裏紙を丸めてその先にライターで火をつけ、同ストーブの芯に直接点火し、その紙の火をもみ消したが、その際、もみ消した燃えかすの切れ端や火の粉がこぼれた灯油のしみの部分を含むカーペットの床上にぱらぱらと落ちたこと。

(四)  石油ストーブに点火した後、同被告は、点火に使った燃え残りの紙その他のごみを捨てるために、再び、本件事務室から出、本件倉庫の外の道路のごみ集積場にごみを捨てに行き、本件事務室に戻ってみると、前記の灯油のこぼれたしみの中央部から炎が高さも幅も数十センチメートルの大きさで燃え上がっていたこと。しかし、石油ストーブからは火や炎が燃え上がっていなかったこと。

(五)  右の炎を発見した同被告は、針金を編んでできた泥落としを炎にかぶせたが消火することができなかったため、それをつかんで本件事務室の入り口の方へ放り出したが、その際に前記のポリタンクを倒してしまい。中に残っていた灯油を更にカーペットの床にこぼしてしまったこと。

(六)  この後、同被告は、消火器を捜したが発見できず、本件倉庫内にあった折りたたんだ段ボール箱を数枚持ってきて炎にかぶせたところ、一時火勢が弱まったように見えたので更にダンボール箱を取りに本件事務室の外へ出、偶然に消火器も発見して本件事務室内に戻ってきたところ、本件事務室の敷居につまづいて炎の方に倒れてしまい、同被告の衣服に火がついたため、消火器を使用して消そうとしたが、消火器が作動せず、同人は本件倉庫の外へ避難し、「助けてくれ」と叫びながら衣服についた火を消そうとしたこと。

(七)  同被告の叫び声を聞いた本件倉庫の所有者で本件倉庫と同じ敷地内に居住する白子英城がその自宅寝室から本件倉庫内へかけつけたところ、本件事務室内の前記の炎は幅約二メートル、高さ約二〇センチメートルくらいで黒煙を上げながら燃え上がっており、同人がその自宅へ戻り消火器を持って再度本件事務室内にかけつけたときは、炎は壁面や広範囲の床面から巻き上がっており、同人やその後の消防隊の消火にもかかわらず、ほどなく、本件倉庫の大部分を焼失するに至ったこと。

(八)  本件倉庫内には本件出火当時被告宇塚以外に人はおらず、前記石油ストーブは点火後も正常に作動しており、本件倉庫関係の内部者又は第三者による放火、たばこの火の不始末等出火の原因となる事実も認められないこと。

以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  1に認定した各事実によれば、本件火災の出火原因は、被告宇塚が石油ストーブに点火するために使用した前記1(三)の裏紙の火を同被告が石油ストーブに点火後にもみ消した際に、まだ火の残ったままの燃えかすの切れ端又は細かい火の粉が前記1(二)のこぼれた灯油のしみの部分に落下して、カーペットにしみ込んでいた灯油に着火したため発生したものであると推認され、右推認を覆すに足りる証拠はない。

四  そこで進んで、被告宇塚の重過失が認められるかどうかについて判断する。

被告宇塚が前判示のとおり給油中のストーブから目を離し、厚さ数ミリメートルのカーペット張りの床にかなりの量の灯油をこぼしてしまい、新聞紙三枚くらいでぬぐい取ったのみで、充分にこれを拭き取ることをしなかった上、こぼれた灯油が残留するカーペットのしみの近辺で丸められた先の方が燃えている長さ四〇センチメートル、幅一〇センチメートルくらいの裏紙の火をもみ消すという粗雑な行動に出、しかも、その紙の燃えかすの切れ端や細かい火の粉がカーペット上にぱらぱらと落ちたにもかかわらず、その落ちた後を充分確認しないまま、卒然、本件事務室を離れ、本件倉庫の外に出てしまったことはそれ自体容易に看過できない落度といわなければならないところ、被告宇塚は、これに加え、かなりの量の灯油が残っているポリタンクのふたを閉めないまま前記こぼれた灯油の部分の傍らに放置し、しみの部分から上がっている炎を発見した後、火を消すためとはいえうかつにもこれを倒して炎上しているしみの部分の傍らに更に灯油をこぼしてしまい、文字どおり火に油を注ぐ結果を生ぜしめ、また炎が上がっているのを知った上は直ちに消防署への通報、消火器による消火、炎と空気を遮断するに足りる物で燃焼物を覆うこと等の行動をすべきであるのに、これを怠り、消火にほとんど役立たない針金を編んでできた泥落としを炎にかぶせたり、折りたたんだ段ボール箱を炎にかぶせたりしたばかりか、折りたたんだダンボール箱を更に探すなど無意味で逆効果を持つ行動に終始しているのであって、以上本件にみられる被告宇塚の行動を全体として考察すると、本件倉庫に対する失火について被告宇塚には重大な過失があったものといわなければならない。

五  被告宇塚の本件失火行為と被告会社の事業の執行との関係について検討を進めると、前記二及び三の認定事実によれば、前判示の被告宇塚の失火行為は、被告会社の事業の執行につきこれをしたものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

六  損害について判断するに、《証拠省略》によれば、本件火災によって、原告が本件倉庫内の原告の賃借していた部分に保管していた衣料品及び什器類が毀損し、原告に請求原因5記載のとおりの損害が生じたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

七  よって、原告の本件請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 雛形要松)

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